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写植屋という職人

 気が付けば2月。忙しかった年末年始も終わり、ちょっと落ち着いてたりする今日この頃です。やーホント年末は散々だった。

 年末年始にかけて、印刷会社が休みなため、全てのスケジュールが前へ前へ集中してきてました。元旦の新聞のチラシってすごい量でしょ。見てるときはそれが楽しみだったのですが、作る側にまわってしまうと、これは大変な話です。でそれが過ぎ去って、このごろはあまり忙しくもなく。

 でも慣れってのは怖いもので、早く帰る日が続くと、それがあたりまえになってきます。で、二時間早く帰って何かやってるかといえば、何もやってなかったりする訳で、読み終わってない本は一向に減らず。あーこれは参考になりそうだとか、面白そうだとか、いろいろ理由をつけては本をかいまくり、消化できないまま増えていく。これってば参考書だけ買って勉強してた気になってた高校時代と何も変わってないわけで。勉強した気がしてただけの僕の成績がよいはずもなく、大学は地元のちっちゃな無名の大学の文学部。今の仕事とはなーんも関係ないことをやったました。いや、やってる気になってました。じゃ何でこの業界に入ろうと思ったかっていうと。これはもう父親の影響としかいいようがありません。というわけで、今回はうちの父親のことをすこし・・・・

 まだ若かりし頃、彼はトラックの運ちゃんでした。写真を撮るのが趣味だったようです。僕が物心つくころ、彼は小さな印刷屋の写植工だったようです。その頃の僕に印刷のなんたるか、写植のなんたるかがわかるはずもなく、ただ印刷機を回して紙を印刷しているんだろうくらいにしかとらえていませんでした。ほどなくして彼は独立。電算写植機なる機械を買い込み、ひとり事務所で働きはじめました。その機械はえらく高い代物らしく、毎月9万ずつ支払わねばならない母親がよくぼやいていました。

 で、そのころからつい最近まで僕は自分の父親の仕事を目の当たりにしてきたんだけど、よく見ると写植ってのはすごい技術で。なかなか文字で説明するのは難しいのけれど、年輩の方とかはよく「昔は大変だった」なんて話してますが、いやあれはほんとに職人技です。子供の頃は大人になれば自分にもできるだろうと思っていましたが、とうとう最後まで理解できずじまい。写植機の稼働音が、まるでロボットのようで、心地よかったのを覚えています。

 事務所を手放したり、会社勤めに戻ってみたり、また独立してみたり。写植機のローンもおわり、仕事も安定してきたかにみえた90年代初頭。まだ車を三年おきに買い換えてた頃。家を購入しようかと一家でいろめきたったりした時。しかし96年、父親が長い期間の努力の末に身につけた「写植」という技術は過去のものとなりつつあったのです。40歳をとうに過ぎて、子供はまだ学生で、ところが自分が苦労して身につけた技術はもういらないものになろうとしている・・・そんな時の気持ちってばどんななんでしょう。

 ある日父親が「Mac買おうかなぁ」かねてからパソコンが欲しくてしょうがなかった僕は大喜びでしたが、当時父親は キーボードに触ったこともなかった筈。とりあえずパフォーマでも買って操作になれてみたら?という息子のアドバイスにも耳を貸さず、彼は20インチモニタとパワーマック、三種の神器にスキャナ、レーザープリンタ。フォントまで揃えてしまったのでした。総額150万弱。今思えば多分父は、賭にでたのでしょう。DTPでやっていこうと、40過ぎのおじさんは、腹をくくったのでしょう。その決断。いかばかりか。

 最初はMacを起動するのもおそるおそるでしたが、徐々に写植機の出番は次第にへっていき、ある日それは粗大ゴミになり、分解されて業者に引き取られてゆきました。で、僕はといえば、フォトショップのフィルタで遊んだり、伊藤達とフリーペーパー作ってみたり。なんだかんだで現在に至るわけです。あの時、彼が腹をくくってなかったら、どうなってたかわからないし、僕もこの仕事に就くことはなかったかもしれないし、紙のfactreeは生まれようもなかっただろうし。

 今日も九州の田舎で父親はもう三代目になるMacに向かっているはずです。ラジオを小さく流しながら。多分タイピングは相変わらず遅いのでしょうが、クォークのドングルは無用の長物ですが、未だにISDNなのですが、8時には事務所に来て、2時には母親の作った昼食を食べて、ちょっと昼寝したりして、7時には配達に行って、家に帰って、忙しいときはまた事務所に向かったりして、土曜も、日曜も働いているはずです。

 なんというか、20年後、僕がデザインをやってたとして、Macとイラストレータとクォークを使ってることは多分なくて、きっと父親と同じような変化がいつか訪れるわけで、その時に対応できるだけの、頭のやわらかさと、大事なときに決断できる根性を、持っていなくてはいかんな。と思う訳です。道具が変わっても、デザインはデザイン。デザインする力ってのは大事なんだろうね。とも思う訳です。

 少しは父親を見習わないかんな。と。





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